<p><img src="attachments/dvbbs/2006-5/2006579541653616.jpg" border="0" onload="if(this.width>screen.width*0.7) {this.resized=true; this.width=screen.width*0.7; this.alt=\'Click here to open new window\nCTRL+Mouse wheel to zoom in/out\';}" onmouseover="if(this.width>screen.width*0.7) {this.resized=true; this.width=screen.width*0.7; this.style.cursor=\'hand\'; this.alt=\'Click here to open new window\nCTRL+Mouse wheel to zoom in/out\';}" onclick="if(!this.resized) {return true;} else {window.open(\'attachments/dvbbs/2006-5/2006579541653616.jpg\');}" onmousewheel="return imgzoom(this);" alt="" /></p><p><a href="http://subaru.shueisha.co.jp/html/person/p0604j_1.html">http://subaru.shueisha.co.jp/html/person/p0604j_1.html</a></p><p>張元(チヤン・ユアン)監督『我愛ニー〈ウォ・アイ・ニー〉』で、結婚まもなく破局を迎える若い北京女性を過激に演じ、日中合作映画『最後の恋 初めての恋』では難病を抱えた上海ホテルウーマンを叙情豊かに演じた、徐静蕾。彼女は一八八六年創立の北京同仁医院で一九七四年に生まれ、家は朝陽区の工人体育館の近くで、北京第八○中学に通った生粋の北京っ子。北京以外の街で暮らした経験がない。父親は八○年代後半に屋外広告の会社を興し、母は化学工場に勤務していた。五歳下の弟は大学で建築学を、イギリスの大学院で不動産経営を学び、今では北京でインテリア会社を経営している。典型的な北京の中産階級である。 </p><p> 画家になりたくて大学は中央美術学院を受けたが不合格、次に中央戯劇学院美術系を受けたがまたも不合格、そこで絵の先生の勧めで北京電影学院表演系を受けたという。</p><p>「父は音楽とかダンスは一切習わせてくれなかったので、面接試験で踊りなさいと言われても何も踊れませんでした。試験官が冗談半分でピアノに合わせて走ってごらんというので、曲に合わせてゆっくり走ったり全力で走ったりしてたら、高得点をもらえたんです(笑)」</p><p> 女優としてのデビューは、卒業の年に製作された映画『スパイシー・ラブスープ』(張楊(チヤン・ヤン)監督/一九九七年)。舞台は北京だが、高校生から高齢者に至る六組のカップルを描くオムニバス作品だったため、カメラマンに一目惚れされる女性を演じた徐静蕾の印象は、正直言って薄い。</p><p>「その後も何本か出演しましたが、主演作は二○○一年の『開往春天的地鉄(春行の地下鉄)』(日本未公開)が最初です」</p>